teacup. [ 掲示板 ] [ 掲示板作成 ] [ 有料掲示板 ] [ ブログ ]

 投稿者
  題名
  内容 入力補助画像・ファイル<IMG> youtubeの<IFRAME>タグが利用可能です。(詳細)
    
 URL
[ ケータイで使う ] [ BBSティッカー ] [ 書込み通知 ] [ 検索 ]


ハーシェルさん論文

 投稿者:yamane  投稿日:2017年 7月18日(火)21時58分9秒
返信・引用
  角田様 山根秋郷と申します。
早速にハーシェルさん原論文をご教示いただき感謝しております。
実は「日本評論社 現代の天文学 2版 人類の住む宇宙」を輪講しており、銀河デザインがどちら向きが正しいのかと判らなくなり、原論文を拝読出来てよく理解できました。
御礼のみです。
 
 

Re: ハーシェルさんの論文

 投稿者:管理人  投稿日:2017年 7月18日(火)21時34分54秒
返信・引用
  > No.393[元記事へ]

yamaneさま

こんにちは。
日本ハーシェル協会事務局の角田と申します。
ご投稿ありがとうございました。

例のハーシェルの原論文は、イギリス王立協会の『Philosophical Transactions』のvol.75 (1785) pp.213-266に掲載されたもので、最近では複数のサイトで閲覧できると思いますが、
本家・王立協会のサイトだと以下のURLで全文が公開されています。

http://rstl.royalsocietypublishing.org/content/75/213.full.pdf+html?sid=4a3f3032-bb4a-46f9-ad79-c026afc78138

有名な銀河の図が出てくるのはいちばん最後の方です。

以上、ご参考になれば幸いに存じます。
どうぞよろしくお願いいたします。
 

ハーシェルさんの論文

 投稿者:yamane  投稿日:2017年 7月17日(月)21時00分23秒
返信・引用
  非会員の山根と申しますが初めてこのHPを拝見しました。
ハーシェルさんが銀河系の姿を推測された際の有名な銀河系のモデル図がテキストに載っております。この時の原論文というものはどこかで検索、見ることは出来るものでしょうか。
ご存知のお方どうぞよろしくお願いいたします。
 

太陽明界説について(続き)

 投稿者:上原 貞治  投稿日:2017年 5月28日(日)10時12分48秒
返信・引用
   下のコメントで、山片蟠桃の「太陽明界」の用語について、これを日本起源とみること、特に三浦梅園と関係づける議論をしましたが、それについて多少の裏付けをするとともに、興味を持たれた方あるいは関連の件に詳しい方のコメントやご教示をいただきたく存じます。

 まず、山片蟠桃は、『夢の代』に「太陽明界の説」については「余ガ発明ナキニシモアラズ」と書いており、「太陽明界説」には部分的な独創があったと考えていました。私の以前の検討では、それは、太陽の光の及ぶ世界の星(惑星)においては生物が棲息しているかもしれない、ということと、太陽系の外には広い恒星間空間があって、そこには多数の恒星が立体的に存在していることを指すと推定しました。これに加えて「太陽明界」、「暗界」という用語自身が西洋書に見当たらないので、これらも蟠桃の発案であった可能性が出て来ました。

 その起源の一つの可能性としてあげた三浦梅園の哲学ですが、ここでは、梅園の主著『玄語』における該当部分を指摘させていただきます。

 まずは、『玄語』地冊・露部・体界の冊・華液にある「運図」(一名に「日影図」)です(*1)。
これは、コペルニクスの地動説による太陽系の図です。梅園は、地動説を長崎でオランダ通詞に聞いて知っていました。太陽は、宇宙の「景影」すなわち明暗の世界の起源で太陽に近いところは明るい、遠いところは暗いとするものです。最外周を「影」としています。

 また、地冊・露部・性界の冊・日影・色界の終わりのほうに、「太陽は、景影の両世界を作る中心であり、月や惑星は明るい世界にあって暗く(自らは光っていない)、星や天の川は暗い世界にあって明るい」という意味のことを書いています(*2)。梅園は、「明界」・「暗界」という言葉は直接には使っていませんが、これが麻田剛立のグループに引き継がれ、「太陽明界」が当時の「太陽系内」の意味に使われるようになったと推測します。また、「太陽系外」は「暗界」となります。

 麻田剛立や山片蟠桃が実際に『玄語』を読んだ可能性は低いですが、三浦梅園-三浦主齢-(麻田剛立、中井竹山・履軒)、および、山片蟠桃-(中井竹山・履軒、麻田剛立)の学問上の交流関係があったことは確実で、また、前回ご紹介した資料にあるように、山片蟠桃の『夢の代』が、梅園の考えた宇宙モデルの影響を受けている可能性が高いです。以上のことから、おそらくは、「太陽明界」「暗界」の言葉は、梅園の思想を参考にしたものではないかと思います。

 なお、三浦梅園がどうして『玄語』の「色界」にあるような説を知ったのかということですが、これは、ちょっとわかりません。玄語は1770年代に完成したことになっていて、当時、麻田も中井兄弟も西洋説については詳しくは知らなかったはずです。梅園が独自に発案した、中国書に地動説以降の西洋説の紹介があった、蘭学者に聞いた、という可能性が考えられますが、どの説もそれほどもっともらしいとは言えず、この部分は謎のように思います。

 ハーシェルからはだいぶ脱線していますが、ウィリアム・ハーシェルと同時代に日本にも宇宙観を広げていった人たちがいたということはすばらしいと思います。


(*1,*2)ともに、三浦梅園研究所『玄語電子データベース』第五冊地冊露部に資料があります。

http://baienspirit.web.fc2.com/tisarobudb.html

の「色界56」と「No.101 運図」をそれぞれ参照下さい。
 

太陽明界説について~Re: 佐藤明達氏からのコメントへのお礼と私のコメント(前半)

 投稿者:上原 貞治  投稿日:2017年 3月22日(水)08時12分40秒
返信・引用 編集済
  > No.219[元記事へ]

 私の「佐藤明達氏からのコメントへのお礼と私のコメント(前半)」の(1)に関するコメントとして、お知らせを投稿させていただきます。前記事からもう6年近くが経過してしまいました。

 このたび、山片蟠桃『夢の代』にある「ウイストン太陽明界図」の元図が識別できましたので、それに関して小論を日本ハーシェル協会に投稿し、デジタル・アーカイブに掲載していただきました。貴重なご助言を下さいました佐藤明達さんと管理人さんに重ねてお礼を申し上げます。Webへの掲載についてもありがとうございました。

山片蟠桃『夢の代』の引用文献「ウイストン太陽明界図」について
http://www.ne.jp/asahi/mononoke/ttnd/herschel/a-text/Banto_Whiston.htm

  その結果、「明界暗界説」は西洋に直接の記述があるものではないらしいということになりました。それについても、上記の小論で多少触れました。実際には西洋書にある絵から感覚的に思いついたというのがもっともらしい説と思いますが、さらに日本に起源を持つ説として、三浦梅園の『玄語』の哲学(条理学)にもとづく、太陽系の「日・影論」(あるいは「景・影の理論」、太陽に近いところは明るく遠いところは暗く陰陽二元を実現しているという説)の影響を麻田剛立~懐徳堂を通じて蟠桃に伝わったという可能性もありうると思います。これは、上の小論には書かなかったちょっと大胆な説ですが、さらに以前から、すでに別のところ(下)に公表しておりましたので、言及させていただきました。

続編・日本製ケプラーの第3法則?「麻田翁五星距地之奇法」の発見 (2004)
http://seiten.mond.jp/gt16/goseikyochinew.htm
(おもに第5節をご覧下さい)

 江戸時代の日本人が書いたもので、土星軌道より遠くの深宇宙の構造に関する例は稀有ですが、それでもいくつか注目すべきものはあるようで、今後はよりハーシェルに密接した天王星も含め探索を続けたいと思っております。
 

2016年の協会の活動等について

 投稿者:上原 貞治  投稿日:2017年 2月12日(日)16時57分21秒
返信・引用
  日本ハーシェル協会会員の皆様
 私たちの協会は、英国のウィリアム・ハーシェル協会の客員団体として、連絡を取り合う関係にあります。先頃、2016年の私たちの活動について報告をしましたので、その会員の消息と活動内容に関する部分を以下に掲げます。これは報告の単なる日本語訳でも公式文書でもなく独立した「活動についてのメモ」とみていただければ幸いです。このメモは、会員すべての活動を網羅しているものではもちろんありません。会員の皆様が日本ハーシェル協会やその趣旨に関係する活動を行われた場合は、協会事務局の角田さんまでご連絡をいただければありがたく存じます。
===========

2016年の日本ハーシェル協会会員の消息と活動について

 日本ハーシェル協会代表幹事の木村精二氏が、7月30日にご逝去されました。その後にいただいたご連絡によると、木村氏のご遺骨は8月に東京湾に散骨がなされたのことです。また、12月4日には、お勤め先であった文京区役所に隣接する講道館において旧職場の方々等によって「偲ぶ会」が行われました。出席された飯沢能布子氏から、「自己紹介に思い出を述べ合う慈しみに満ちた話のやりとりに、木村さんがこういう方だったのかと新鮮にお話を聞くことができました。何方のお話も、おおらかな夢いっぱいの思い出であり終始さわやかな印象でした。」 というご感想をいただきました。

 本年は協会の公式の活動と言えるものは残念ながらなかったのですが、会員の天文学史に関する活動の中で報告のあったものから、2件を選んで以下に紹介いたします。

・角田玉青会員は、東京で開催された博物蒐集品関係のアンティークショップが開催した展示イベントに、ご所蔵の「天文古玩コレクション」を出展されました(*1)。また、そのイベントで「19世紀の天文趣味と天文アンティーク」をテーマに講演をされました。現在の日本では、このような天文アンティークが新しく模造されたものも含めて一種の趣味として若い人にも広がっていますが、その歴史的背景を知ることによってさらにその価値や魅力を感じることができる、という主旨の講演と展示であったと伺っています。

・上原貞治会員は、江戸時代の蘭学者・志筑忠雄(1760-1806)によって解説された翻案書『暦象新書』にある記述について論考を続けています。本年は、「地動説」に関する議論に焦点を当てました(*2)。志筑忠雄は、日本に地動説の詳細を最初に紹介した学者の一人です。『暦象新書』にはハーシェルの研究業績に直接関係することは書かれていませんが、地動説に関する記述では、太陽系モデルの比較に留まらず、宇宙全体にわたる慣性系の存在や相対運動の本質性に関わる議論までしていることに注目しました。

(*1)「博物蒐集家の応接間 ―― 避暑地の休暇 旅の始まり」 三省堂書店池袋本店4階 Naturalis Historia(ナチュラルヒストリエ)、2016年7月20日~8月31日。
http://mononoke.asablo.jp/blog/2016/07/30/
http://mononoke.asablo.jp/blog/2016/07/31/
(*2) 上原貞治「志筑忠雄『暦象新書』の地動説(その1,2,3)」 『天界』第97巻 (2016) 3・7・8月号、東亜天文学会。
 

ロバートソンさんから届いた今年のクリスマスカード

 投稿者:上原 貞治  投稿日:2016年12月20日(火)16時38分18秒
返信・引用
  英国のウィリアム・ハーシェル協会(WHS)のロバートソンさんから今年もクリスマスカードをいただきました。

With Best Wishes for Christmas and the New Year
from me, and all of the Herschel Society in Bath.

皆様、平和なクリスマスをお迎え下さい。
 

William Herschel-Shorland氏からの木村精二氏の思い出についての言葉

 投稿者:上原 貞治  投稿日:2016年 9月14日(水)20時21分39秒
返信・引用
   木村精二先生のご逝去にあたって、英国ウィリアム・ハーシェル協会の客員委員メンバーでハーシェル一家の子孫でもある William Herschel-Shorland氏から、お悔やみと思い出の言葉が本協会に電子メールで届きました。以下にそのまま掲載させていただきます。


Just a quick note here to record my sadness at the news of Seiji Kimura’s death, which I read about in the Journal of the William Herschel Society.

I have very fond memories of meeting Seiji on several occasions in the company of my parents in the UK, and most especially on a visit I made to Tokyo many years ago whilst a university student in the mid-1980s. Seiji Kimura was a splendidly generous and kind host to me whilst on an extended stay in Japan, and I spent a fascinating day on an ‘astronomical tour’ in warmly welcoming company he organised and assembled. As a direct consequence of his engaging welcome, I have had a strong warmth and affinity for all matters Japanese ever since! I am sure Seiji will be greatly missed by very many and I will treasure his memory, and the enthusiasms he kindled ? and you may all be comforted to know that he has left a very fine legacy in the William Herschel Society of Japan.

Do keep in touch and with kind regards,

Will Herschel-Shorland
 

Re: 木村先生ご逝去

 投稿者:管理人  投稿日:2016年 8月23日(火)22時22分26秒
返信・引用
  > No.386[元記事へ]

野地さま

すっかりご無沙汰いたしております。
久闊を叙すお便りが、このような内容であることを悲しく思います。

木村先生のご親族から、天文関係のお知り合いにどのような形でお知らせが行っているか分からないのですが、当方からは天文プロパーな方面に特に通知はしておりませんので、野地様の方から何らかの形でお知らせ願えれば幸いに存じます。

ご投稿いただいた写真、本当に懐かしく、慕わしく拝見しました。
耳元でお声が聞こえるようです。改めて生前のご恩を偲び、瞑目しています。

 

木村先生ご逝去

 投稿者:野地一樹  投稿日:2016年 8月23日(火)19時47分30秒
返信・引用
  木村精二先生 ご逝去とのこと どうも信じられなくて
色々確認いたしましたが、残念ながら事実という事に大変な
衝撃を受けております。

まだまだお聞きした事も多く・・・
心からご冥福をお祈りいたします。
下手な写真ですが、一枚アップさせていただきます。
 

レンタル掲示板
/38