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ありがとうございます

 投稿者:kanna24@管理人  投稿日:2006年10月23日(月)20時27分56秒
  戦後生まれの私としては、大変嬉しい励ましになります。
お言葉、有り難く頂戴致します。
実際はまだまだで恥かしい限りですが、これからも精進致します。
ご覧頂きありがとうございました。
 
 

(無題)

 投稿者:靖国帰り  投稿日:2006年10月22日(日)20時25分33秒
  特攻隊が現在も抑止力として機能している旨の文章を拝見し、大変に感動いたしました。
更新をされていないようでありますが、このように理解してくださっている方がいて
うれしく思います。がんばってください。
 

Re:記述内容の訂正を

 投稿者:kanna24@管理人  投稿日:2004年11月14日(日)04時46分21秒
  情報提供ありがとうございました。
別ファイルのものなので時期を見て訂正させていただきます。

----------
掲示板では情報の保存、査証に不適ですので、提供や報告をなさる方はメールでの提供をお願いします。
 

記述内容の訂正を

 投稿者:中願寺  投稿日:2004年11月12日(金)15時38分25秒
  日本海軍戦史研究コラムNo.001(改定版1999.11.07)
『なぜ戦艦大和は活躍できなかったのか』の間違った記述内容の訂正を!

◎「大和型建造に関する問題点」の21~22行目
「特に長崎では高台から覗かれないようソ連領事館前に倉庫を建てて見えなくするなど、
…」とある。
 上の文章は、三菱長崎造船所で建造された戦艦武蔵のエピソードを語った文であるが、下線の部分が間違っている。このようなミスは、現地に足を運ぶこともなく他人の著書・資料を当てにして、執筆した結果であろう。
文面からすると、高台からの眺望を遮るために倉庫を建てたように読み取れる。しかし、高い倉庫を建てることで高台からの眺望を遮ろうとするのは、とても現実的ではない。英国人のハリスやグラバーなど、外国人邸宅が確かに高台にあったが、そこは領事館では無かった。
長崎という街は、周囲を山々に囲まれた入江の地で、どの山に登っても港や造船所が一望できる地形だ。その山々に、港湾を守る砲台や高射砲陣地などが設けられていた。外国人居留地も多かったため、軍や警察などが躍起となって随所で監視し、警ら活動を行っていたのは事実である。
倉庫を建てたのは、高台ではなく海岸沿いに領事館が建っていたからである。しかも、それはソ連の領事館ではない。幕末から明治への混乱期ならいざ知らず、昭和になって長崎市にソ連の領事館など存在したことはない。
造船所からの対岸に当たる大浦海岸通りに、英国・米国の領事館が建ち並んであった。両領事館は当時から治外法権で、憲兵や特高警察も踏み込めない。しかも領事館からは1.5km程、高台のグラバー邸からは1.1km程の距離で、対岸の造船所ドッグが存分に観察できる立地条件だ。そのため、建造中の艦船規模を秘匿するための手段として、視野を遮る目隠し用の倉庫を急造したわけである。
赤レンガ造りの洋式建物であった英国領事館は、戦後もしばらくは「長崎市立児童科学館」として、現在は「野口弥太郎美術館」として利用され現存している。倉庫の方は昭和末期まで使用されていたが、平成の世になってからは取り壊され、現在は港湾のウォーターフロント計画により埋立地とともに公園化されている。
 同様のミスが他にも、光人社刊N-432佐藤和正著「艦と乗員たちの太平洋戦争」P48・9行目(また、港側にソ連の公館があって…)、N-433石橋孝夫ほか著「幻の巨大軍艦」P252・2~3行目(一方、対岸のソ連領事館前には倉庫を…)等にも見られる。
一方、長崎県立図書館や三菱長崎造船所へ何度も足を運んだ著名な作家:吉村昭氏の作品「戦艦武蔵」には…英国・米国の領事館…として正しく紹介されてある。
誰かの誤説がそのまま出版されると、いつのまにか真実の如く罷り通って、歴史が歪められていくのが怖い。これほど「ソ連領事館」の名が乱発されると、こちらが間違っていたのか?と半信半疑になってくる。真実は、間違いなく英国・米国の領事館対策であった。
 私は軍事・郷土史の専門家でも何でもないが、地元長崎人として自信を持って訂正をお願いしたい。
 

ありがとうございます

 投稿者:マリリンメール  投稿日:2004年 6月24日(木)14時49分5秒
  連絡が遅れてすみません。メールを毎日まってました。仰せの通りに利用させて頂こうと思っています。別紙のようにつくってみたのですが、ってこれって送れるのかしら?  

Re:神風特攻隊の文章を使わせてください

 投稿者:kanna24@管理人  投稿日:2004年 6月16日(水)11時51分14秒
  ご覧頂きありがとうございます。
メールなんですけど、宛先不明で戻ってきてしまいます。
メールアドレスは正しいのでしょうか?
一応こちらに書いておきますが、
使用および流用に関しては、参考になるものでしたらご使用くださって結構です。
ただし、一応慎重にお願いします。
世の中には一つの価値観しか信じない(命は何よりも尊い、など)人もいます。
客観的かつ中立的に、ただ感傷的なだけで捉えず、事実から教訓を得る。
私が公開し、お教えしているものはそういったものです。
それだけご理解願えれば、内容に反論、あるいは批判を目的として使用頂いても構いません。
また、何分未完成なこともあり、充分伝えられていない部分があります。
補足、あるいは解説の必要なものがもしありましたらお知らせください。
可能な限りお手伝いいたします。
そう言うことで宜しくおねがいいたします。
 

神風特攻隊の文章を使わせてください

 投稿者:マリリンメール  投稿日:2004年 6月15日(火)16時35分10秒
  教育のための目的ですが、著作権のこともありますから、あなたの神風特攻隊についての文章を使用してよろしいでしょうか?場所は高校で、目的は修学旅行で知覧を訪ねるのでその事前学習のためです。メールください。  

試練の月でした・・・(後1週間残ってるけど)

 投稿者:kanna24@管理人  投稿日:2003年10月25日(土)21時02分31秒
  ようやくトンネルを抜け、気分的に少し楽になった今日この頃いかがお過ごしでしょうか?(^^)
もうご近所に不興買いまくりです・・・。
さてさて、おねツイ見ましたが、なるほど舞台が現実にあるなら見に行きたくなるでしょうね~。
私的にはいまだ鉄道ファンでもあるので、ローカル線に非常に興味があったりします。
残念ながら写真とか掲載できないのですが、ひろいなさんのお好きなように書き込み下さいな。
出来れば話数なんかも書いていただくとDVDで確認しやすかったりします(^▽^;
取り合えず、まだまだ出かけることはおろか、ゲームしたりとか遊ぶことすら出来ない私には、DVDを垂れ流し(まともに見てる余裕が無いので)するしか楽しみが無いですから(笑)。
 

無事帰って参りました。

 投稿者:ひろいな@にわかおねてぃ信者  投稿日:2003年10月13日(月)22時28分55秒
  昨日夜9時過ぎに自宅に帰ってきました。一応一通り「聖地」を巡礼することが出来ました。
一昨日夜と昨日朝はお忙しい時間を縫って、食事にお付き合い頂きそして貰いましたCDも含め、
お世話になりましてありがとうございました。
今「おねてぃ」を1話から振り返りながらカキコしているのですが、随所に見られる
アングルやカットそして既視感のあるシーンの連続に思わず・・・、
「かーたまんねー!かーたまんねー!人生サイコー!」(間雲漂介・1話より)
といった感じです。
もしkannaさんがよろしければ、こちらのBBSに私的巡礼紀行談を書かせて頂きたいと
思いますが、宜しいでしょうか?(ていうか事後承諾になっちゃいそうですが・・・。)
好転の中木崎湖・松本と伺った先で、30人近い「巡礼者・一行(すなわちヲタ)」とお会いした
のですが、今日も松本あたり行かれた方は、豪雨で大変だったのではないかと気になります。
かくいう私は夕方まで潜在的な疲れがぶり返してきたのか、ボーっとしてました(笑)。
明日から厳しい現実に戻りますが「プロジェクト」成功の暁には、来年お互いに示し合わせて
いっしょに巡礼しに行って「まりえカレー」とか食してもらいたいと思います。
それ炊飯器、また~。
 

障害情報

 投稿者:kanna24@管理人  投稿日:2003年 8月26日(火)22時57分1秒
  ここはこんな書き込みしかないのか・・・。
取りあえずパソコンがダメなので、更新も停止中です。
またデータ救済に寝食を惜しんで時間を費やすのか?
ただでさえ余裕無いのに。
 

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