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さて、期末試験も終ったところなので、本当に恐縮では御座いますが、差支えが無い範囲で教えていただけたら結構です。
>そのときは生徒がいちばん使うであろうものと教室内に置かれているものをイメージして教えていきまいた。
と有りますが、しかし生徒が実際使うであろう物というのは、分りません。ましてそこに関心があるか、無いかもクロージングする余裕もなく、教授に入ってしまうので、生徒側から考えれば、「教わっている」というよりも「押し付けられている」と考える可能性は否めまないでしょうか?更に、発展的に思考すると、「今このようにして日本語を学んで、将来一体私の役に立つだろうか?」という疑問も少なからず出てきていませんか?いますか?。実際自分が高校の時の数学の授業でその疑問ばかりでした。「相似形定理は一体、将来のどの部分で使われるのだろう?」という疑問です。
>それから語彙もあまり多く出しても疲れるだけだと思い、こそあどでは20個くらいにしぼり、決めた語彙の中で教授しました。例えば、時計、机、椅子など。
しかし語彙に関しては、学習者側のニーズにこたえて、量を制御すると私は思います。授業中で出される語彙は20個程度は、妥当だと考えられますが、本気で日本語を物にしたいという生徒に関しては、物が足りないと思います。先生として、日本語を物にしたいという生徒はもっとも質問も多く、面倒を見ないといけないと思われます。本当に日本語を物にしたいという生徒はどのように判断されているのでしょうか?学習者のニーズに添った語彙の選択に関して、何か工夫されていることはございませんか?
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